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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6679号 判決

原告

元藤明子

被告

日本道路公団

主文

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

[一]  原告(訴訟代理人)

(1)  被告は原告に対し年三二万二、二六〇円およびこれに対する昭和四五年七月八日より完済迄年五分の割合による金員の支払をせよ。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

[二]  被告(指定代理人)

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに仮執行免脱の宣言を求める。

第二原告主張請求の原因

(一)  (事故の発生)

(1)  事故発生日時 昭和四五年三月一六日午前三時一〇分頃

(2)  事故場所 滋賀県八日市市尾無名神高速道路上り線四三五・六キロポスト付近

(3)  被害車 普通貨物自動車(マツダルーチエ・ライトバン)(品川四れ七二八四号)

右運転者 訴外玉野浩一(以下訴外玉野という)

(4)  事故の態様 訴外玉野は、被害車を運転し、大阪方面より東京方面に向つて進行してきて、毎時九〇キロメートルの速度で本件事故場所を通過しようとしたのであるが、同所路上には駒止ブロツク(中央分離帯上にほゞ等間隔をもつて並べられているブロツク)が六あるいは七個散乱している状況であつたため、訴外玉野は急ブレーキをかけ、右のうち最初の一個目のブロツクとの接触は避けることができたものの、続く二個目との接触を防ぐことはできず、被害車後輪タイヤにこれを接触させるに至り、ために、タイヤが裂け、よつてハンドルをとられ、被害車は走行の自由を失い、中央分離帯に乗り上げて横転したものである。

(5)  被害状況 被害車損壊

(二)  (責任原因)

本件事故場所は、被告が造成のうえ管理に当つていた有料高速道路内にある。従つて被告は、本件事故場所を、自動車が安全に進行できるような構造をもつものであるよう設置しなくてはならぬものであり、さらにまた、右道路が安全な状態におかれているよう管理に当らなくてはならないのである。そこでこれを本件事故に関し考えてみるに、本件事故場所における駒止ブロツクの散乱という事態は、被害車が通行するより以前、同所を進行した何者かの運転にかゝる車が惹起した事故(以下先行事故という)によつて発生したものである。しかし被告は、たとえ第三者の行為に起因するものであつても、その管理する道路が、自動車を安全に進行させることができない状態となつたときは、迅速にこれを従前の安全な状態に復するよう処置し、もつてその管理に遺漏なきよう努めなければならない。そのためには、被告としては、道路の異常事態発生を迅速に察知できるよう看視体制を整えておくべきものと考えられる。しかるに被告の本件事故場所におけるその管理体制は、単に二ないし三時間おきに車で巡回しているというにとどまつており、巡回と巡回との間に生じた事故等の発生は、当事者又は第三者の通報にたよるという非科学的なものにとどまつていた。これをもつて充分な管理をなしているとは到底いえない。現に、本件事故は巡回後一時間四五分を経て発生しており、また当事者からの通報によつて被告の巡回員が現場に到着したのは、事故の一時間三分後であつたという事実が、被告の管理の不備を明確に示している。

かような管理の不備のため、駒止ブロツクが路上に散乱したまゝの状態が、迅速に除去されず放置され、被害車はこれに接触して、タイヤが裂け、ハンドルをとられ走行の自由を失い、損壊するに至つているのであるから、被告は本件事故について、公の営造物たる道路の管理に瑕疵があつたものとして、賠償責任を負わなくてはならないことになる。

また、右のような道路上の駒止ブロツクの散乱という状態を現出したということは、道路を瑕疵ある状態においたということになるのであるから、被告は、公の営造物の設置に瑕疵があつたとの事由で賠償責任を負わなければならない旨を予備的に主張する。

なお、また、右各主張がなんらかの理由で容れられない場合にそなえ、原告は、右道路が被告の所有・占有する土地の工作物であるとみられるところにより、その保存または設置には前記のとおり瑕疵あるものであるから、民法第七一七条によつて賠償責任を負うものである旨をも主張する。

(三)  (損害)

本件事故により原告は次のとおりの損害を蒙つた。

(1)  被害車の修理費 金二一万二、二六〇円

(2)  休車損 金五万円

原告は本件被害車を、その業務とする芸能シヨー出演のための衣装、小道具類運搬のため用いていた。ところが本件事故のため被害車を損壊されその修理の間運搬車として利用することができなくなり、やむなくタクシーをもつて運搬するほかなくなつたのであるが、この費用より、被害車を運行しなかつたことで支出を免れたガソリン代等を控除した残額として金五万円の金額が計上された。これも本件事故がなければ支出する必要のなかつたものであるから、事故と相当因果関係を有する損害である。

(3)  弁護士費用 金六万円

右のとおり、原告は被告に対し損害の賠償を求めうるのに、被告は原告の再々の請求にも、これを任意弁済しようとしない。やむなく原告は弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、その際その手数料ならびに報酬として金六万円を支払う旨約定した。

(四)  (結論)

よつて、原告は被告に対し右損害金三二万二、二六〇円ならびにこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四五年七月八日より完済迄年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めて本訴に及ぶ。

第三被告の主張

[一]  請求原因事実に対する認否

(一)  原告主張請求の原因第一項のうち、原告主張の事故日即ち昭和四五年三月一六日に主張の事故場所において訴外玉野運転にかかる被害車が、中央分離帯に乗り上げて横転したことは認めるが、事故発生時間が原告の主張のような午前三時一〇分であつたということは否認する。本件事故発生は午前二時四〇分頃であつた。その余の事実は知らない。

(二)(1)  請求の原因第二項のうち、本件事故場所は被告が管理に当つていた有料高速道路内にあることは認めるが、その余の原告の主張のうち、本件事故場所路上に駒止ブロツクが散乱し、被害車がこれに接触してタイヤが裂け、ハンドルをとられ走行の自由を失い損壊するに至つたことは知らないし、右以外の原告の主張もすべて争う。

(2)  原告主張のとおり、本件事故は被害車が路上に散乱していた駒止ブロツクに乗りあげたために発生したものであるとしても、右駒止ブロツクの本件事故現場における散乱をもつて、原告が主張するような、被告の道路管理の不備などを云々することはできないのである。本件事故を惹起した責任を問われるべきは、先行事故をひき起した第三者ならびに右道路状況を迅速にみてとつてこれに適応する運転方法をとらなかつた訴外玉野であつて、被告には本件事故発生についていかなる意味でも責任はない。

即ち、原告主張のとおり、被告車が本件事故現場に差しかかつた際、駒止ブロツクが路上に散乱していたものであとすれば、右は被害車が現場に至る以前に同所を通過した第三者運転の先行車両が中央分離帯に乗り上げ、駒止ブロツクを散乱させたためと認められる。従つて、本件事故を発生せしめた責任は、まず第一に、右分離帯乗り上げという事故によつて交通に危険な状態を発生させながら、これを除去せず、現場より去つた先行車の運転者に求められなければならない。

原告は、右駒止ブロツクの散乱という状態が被害車の現場到着時迄に消去されていなかつたのは、被告の道路管理に瑕疵があつた故である旨主張するが、これはまつたく理由がない。被告は本件事故現場付近の道路管理を管理者として常時良好な状態に保つよう維持・修繕し、一般交通に支障を及ぼさないように努めている。これを具体的にみてみると、まず第一に道路の交通管理を主目的とした被告の交通管理所所属職員による交通管理を目的とする道路の巡回があげられる。これは名古屋管理局業務部長通達にもとづく交通管理所長の決定によつて一日最低一一回は巡回することとなつており、本件事故当日の巡回は一三回となつていたのである。つぎに被告の道路維持事務所の職員による、道路の損傷、道路の不正使用および道路工事の監督を主目的とした道路の巡回がある。右巡回の立案および実施は日本道路公団工務部長通達にもとづき、道路維持事務所の自主的な判断によつて決められているが、本件事故地点における巡回回数は当時一日平均四ないし五回というところであつた。さらにまた被告より道路清掃を請負つてその遂行のため道路清掃業者が一日一回以上道路を巡回することになつていたのである。そのほか、サービスエリア内で営業をしている自動車修理業者が、これは故障車両への援助ということを主目的とするもので道路を直接の対象とするものではないが、道路を巡回することになつており、その回数は一日平均四回となつていた。かように、本件事故当時、名神高速道路では一日約二〇・五回以上(本件事故当日は臨時巡回があつたので、二二・五回)のきわめて密度の高い道路巡回が行なわれており、そして、これらの目的の異なる巡回は、無線電話により交通管理所通信指令室を通して相互に連絡をとり効果的な巡回を行なつている。かゝる正規の巡回のほか、被告職員が事務連絡のために高速道路を頻繁に往来しているのであるが、これも実質上は巡回の役目を果しており、また出口料金所における一般通行者からの通報があつた場合も、必要に応じ道路上の妨害物件を排除するため被告は、その職員を出動させているのである。このように名神高速道路の管理には、被告として万全の注意を払つていたもので、これ以上の道路巡回管理を要求することは人的にも物的にも不能を強いるものといわざるをえない。被告の道路管理にはなんら瑕疵はない。これを本件事案に即してなお検討し本件事故は被告の道路管理に原因を求めることができないところを明らかにする本件事故発生時刻は、午前二時四〇分頃であるが、その一時間四五分前に、事故現場を被告職員がパトロールカーで巡回した際には道路上にはなんらの障害物も認められなかつた。ところで、本件事故の原因と主張される駒止ブロツクの散乱という事態は、現場を通行しようとする車両の進行を不能少なくとも著るしく困難ならしめるものといえるのであり、従つて、右事態が生じて後被害車より先に本件現場を通過しようとする車があつたのであれば、被害車と同じく事故に遭遇するか、乃至はこれに迅速に気付いて危険回避措置をとり、いずれにしてもその結果ブロツクの散乱について、被告に通報がなされることになるものと考えられる。しかるにかゝる通報はなかつた。そうすると、被害車の先行車が駒止ブロツク散乱の先行事故を惹起し、そのあとまず現場に至つた被害車が右ブロツクに乗りあげたと考えるのが最も自然である。当時の車の交通量は一分間に一台以上の進行という状況であつたのであるから、先行事故と本件事故の間には一分あるいはその前後の僅少の時間しか存していなかつたことになる。従つて、被告の現に行なつている巡回は人的にも物的にも望みうる最高度のものといえることは既に述べたとおりであるところ、この巡回体制下で、右のような短時間の間に原因が生じ結果を惹起した事態をも、なお原因除去の管理体制が不完全であつた故生じたものとすることはとうていできないところであるし、かりに右巡回の回数を増加しても、これを除去することはできなかつたとみるほかないことは明白である。

被告の本件道路の管理にはなんら瑕疵はない。

また原告は、本件道路に駒止ブロツクが散乱されていたことをもつて営造物である道路の設置にも瑕疵があつた旨主張する。しかし右は第三者による先行事故によつてもたらされた散乱状態後の処置の問題なのであつて、設置の瑕疵の問題とはならないのであるから、原告の右主張は理由がない。以上のとおり本件道路に関する被告の管理・保存あるいは道路の設置にはなんら瑕疵はないので、被告には、本件事故につき賠償責任を負わなければならない事由はない。

(三)  請求の原因第三項はすべて知らない。

(四)  同第四項は争う。

[二]  仮定抗弁(過失相殺の抗弁)

既に述べたとおり、被告には、本件事故について損害賠償責任を負わなければならぬ事由はないのであるが、仮りになんらかの事由でその責任があるとしても、本件事故については被害車の運転手訴外玉野に、その発生に寄与した過失があつたことが明らかであるから、賠償額の算定に当りこれを斟酌すべきである。

即ち、本件事故当時は夜間で、しかも雨天であつたため道路の見とおしは悪く、路面も漏れてスリツプしやすい状態にあつたのであるから、訴外玉野としては前方を注視し障害物の迅速な発見につとめ、これらとの衝突等の危険の発生を未然に防止するようつとめるべきであり、そのため必要に応じ適宜速度を落して進行すべきであつた。しかるに訴外玉野はこれを怠り前照灯を下向きとし、時速八〇ないし九〇キロメートルで事故現場を通過しようとしたのである。右のような速度で、下向きのライトのまゝ進行すれば、最大限の見とおし距離である五〇メートル前方で本件ブロツクを発見したとしても、これを避けることはできなかつたとみるほかなく、本件事故は訴外玉野の前方可視距離を顧慮しない高速度運転と、なんらその必要がないのに前照灯を下向きのまゝ進行した運転に起因していること明らかである。

よつて訴外玉野の右過失を賠償額算定に当り斟酌すべきものと考える。

第四被告の抗弁に対する原告の認否

すべて否認する。

第五証拠〔略〕

理由

(一)(1)  原告主張請求の原因第一項のうち、原告主張の事故日即ち昭和四五年三月一六日に主張の事故場所において訴外玉野運転にかゝる被害車が中央分離帯に乗り上げて横転したことは、当事者間に争いない。

(2)  そこで、まず、右以外の本件事故内容について検討する。〔証拠略〕によると次のような事実を認めることができる。

本件事故発生地点は名神高速道路上にあるわけであるが、右道路は事故地点付近では、片側二車線で外側に路肩部分をもち、これに接して幅員三・六メートルの一車線が走行車線、さらにその内側が同幅員の追越車線となつており、その中央に幅二・五メートルの中央分離帯が設けられている状況にある。中央分離帯は路面より若干高く土盛され、両側をコンクリート資材で囲まれた芝地でほゞ等間隔に等身大の植樹が一列に植えられているのであるが、本件事故発生地付近の中央分離帯は約五〇メートルに亘つて全面コンクリートで舗装され、そのうえに中央には金属性の柱が等間隔に十数本、両側には駒止ブロツクと呼ばれるコンクリートブロツクが片側で六〇個前後並べられるという構造になつている。

訴外玉野は被害車を運転し、折柄の降雨のなかを大阪方面より東京方面に向つて進行し、被害車に対する最高制限速度の時速一〇〇キロメートルをやゝ下る時速約九〇キロメートルの速度で昭和四五年三月一六日午前二時四〇分頃本件事故現場に至つたのであるが、被害車の前照灯をいわゆる下向きにし、そのため前方約三〇メートル程度までしか視野におさめることができない状況で進行していたこともあつて現場の約一〇メートル弱手前の地点において、走行ならびに追越車線の二車線に跨つて事故現場付近に長さ約四〇センチメートル高さ約二〇センチメートルの駒止ブロツクが四個おおまかにいつて一列横隊に散乱放置されているのを始めて発見し、危険を察知したものの、すでに接近距離に迫つていたうえ、折柄路面は降雨のため滑走しやすい状況下にあり制動措置によつて衝突等を避けることは望めない事態となつていたことから、やむなくハンドル操作とエンジンブレーキ処置によつてこれを回避しようとしたが、高速進行中の被害車のことでもあり及ばず、その右後輪が右のブロツクに衝突して、タイヤはパンクし、衝突の衝撃と車輪の円滑な回転が望めなくなつたことから、被害車は走行の自由を失ない、右斜め前方に暴走し中央分離帯に乗上げ横転するに至つた(右のうち、昭和四五年三月一六日に名神高速道路上の本件事故発生地点において訴外玉野運転の被害車が中央分離帯に乗上げ横転するに至つたことは(1)記載のとおり当事者間に争いない)。

右のような事実が認められ、右認定に反する〔証拠略〕の記載内容よりすると、事実を正確に認識したうえでの供述とはいえず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、訴外玉野の前方不注視と前照灯の視野縮小にかゝわらず高速進行を続けていたことなどの他要因も考えられはするものの、本件事故発生原因の一つとして、道路上の駒止ブロツクの放置が存することは明らかといわざるをえない。

(二)  そこで、続いて右の駒止ブロツクの放置につき被告の責任を問いうるか否かを検討する。

(1)  〔証拠略〕によると次のとおりの事実を認めることができる。

本件事故場所は被告が管理に当つていた有料高速道路内にある(右は当事者間に争いない)が、右道路における一般事故発生数は、昭和四五年中の、いわゆる名神高速道路における場合で約三、五〇〇件であり、そのうち一・五パーセントが障害物による事故であるところ、被告はその管理する道路内にある本件事故地点に関し生ずる右のような交通の危険を知り、これを除去するため、主として被告の職員、あるいは被告において請負わせた道路清掃業者や道路サービスエリア内において営業する自動車修理業者などによる、道路の巡回という方途をとつている。右方途の第一として、被告の職員でその交通管理所に配属され交通管理員と呼称されている者による道路の巡回がある。これは被告名古屋管理局長の昭和四一年二月一五日付名管管管第四五号通達にもとづき被告名古屋交通管理所長が、その巡回計画を立案し実施していたのであるが、本件事故当時は一日少なくとも一一回巡回することになつており、巡回しては、故障車の路肩への移動、事故車と事故現場の応急処理、道路損傷の調査、路上障害物の排除、自動車以外の方法による通行の排除路面・気象状況の把握と報告などに当つており、現に本件事故当日は名古屋交通管理所栗東分駐隊配属交通管理員によつて一日一三回の巡回が行われたのである。方途の第二として被告の職員でその道路維持事務所配属の者による道路の巡回がある。これは被告管理局工務部長の昭和四四年一月二二日付工補第一号通達にもとづき被告名古屋道路維持事務所において立案実施していたのであるが、本件事故当時は一日少なくとも一回は巡回することになつており、巡回して道路の状況を把握し、道路の欠陥・破損の異状の早期発見につとめ、道路の維持修繕作業の作業状況を視察するなどにつとめるほか、緊急を要する異状を発見した場合は応急措置を講じることなどに当つており、昭和四四年度中の本件現場における平均巡回回数は四・五回であつたのである。方途の第三として被告より道路清掃を請負つた業者による道路の巡回がある。これは年間を通じて道路路面の清掃業務を被告より請負つた業者がその業務遂行のため一日少なくとも一回道路を巡回し、路上の塵を排除することとなつているものである。

ところで本件事故当日の昭和四五年三月一六日前記名古屋交通管理所栗東分駐隊交通管理員による本件事故地点の巡回は午前零時五五分から午前一時迄の間になされているのであるが、右巡回は、当日二時間おきを基準に実施された巡回の一環としてなされたもので、その際本件事故地点の道路状況にはなんら異状は認められず、右巡回は同日午前二時二〇分栗東に帰着終了している。ところがその直後の巡回として同日午前二時四〇分右分駐隊を出発した交通管理員は本件事故発生の報を同日午前三時名古屋交通管理所指令室(右指令室は本件事故を被害車の同乗者よりなされた通報によつて知るに至つた)より受け、現場に赴いたところ、道路上り線走行車線と追越車線の二車線に跨つて一列横隊に放置されていた駒止ブロツクは、訴外玉野らの手によつて既に、追越車線の更に中央寄りで中央分離帯との僅かな間隙に取片付けられているのを見出したのである。現場には被害車のほか、同じように駒止ブロツクと衝突しタイヤをパンクさせた貨物自動車も上り線路肩に停車していたのであるが右貨物自動車は被害車に後続進行してきて事故現場に至り、被害車に続いて同様駒止ブロツクに衝突するに至つたものである。右のとおりの本件事故とその原因となる作用をなした駒止ブロツク散乱事故のほか、前記午前零時五五分から午前一時迄の間になされた巡回以降本件事故時迄の間に、本件事故現場において、別個の事故その他道路の異状が発生したことを通報してきた如き動きはなく、またさような状況も存しない。

なお、右駒止ブロツクは中央分離帯にかなりの強度で接着されており、車両等の進行にともなう風圧あるいは震動程度で離脱することは考えられない。また本件事故現場における事故当日全一日の交通量は上り車線で六、四四八台であり、そして昭和四六年一〇月中旬頃の調査によると午前二時より午前三時迄の一時間に全一日の交通量のうち一・一九%の車が通行するとの結果がえられているのである。

右のような事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

(2)  右認定ならびに(一)の(2)の認定を綜合すると、次のとおりの事実判断を下すことができる。

本件事故発生原因の一となつた駒止ブロツクの路面散乱という事態は、事故発生直前の道路巡回で異状が認められていないことからして、事故当日の昭和四五年三月一六日の午前零時五五分以前に発生していた可能性はなく、その後本件事故発生時刻である午前二時四〇分頃迄の約一時間四五分の間に生じたものといえる。右事態は現場が高速道路上にあることや発生時刻よりみて、また駒止ブロツクの中央分離帯への接着度をも勘案すると、被害車より以前そして午前零時五五分以降に現場を通過した第三者運転にかかる車両が、なんらかの事由で運転を誤り中央分離帯に自車を衝突させ、駒止ブロツクを中央分離帯より剥離散乱させこれをそのまゝ放置して現場より走り去つた結果発生したものと考えられる。そして右事態つまり先行事故の発生時刻を確定することは本件全証拠によつても困難であるが、しかし、現場道路の二車線の幅員と駒止ブロツクの大きさのほか、なお本件現場が高速道路内であつて走行車両はかなりの高速度で進行するものであること、被害車の後方を走行してきた貨物自動車も同様駒止ブロツクに乗上げタイヤをパンクさせていること、本件事故は被害車の同乗者の通報によつて被告側の知るところとなつたものであつて、これより以前被告側に右ブロツクの散乱を通告した者はいなかつたこと、先行事故と本件事故の間になお別個の事故が生じた事実は窺われないこと、などを綜合勘案し、さらに自動車前照灯を上廻きにした場合の照射距離は一〇〇メートルと法令上(車両の保安基準三二条)求められていること、ならびに高速自動車国道における最高速度である毎時一〇〇キロメートルで走行中の車両の平均的制動距離は舗装湿潤路面上では約九六メートルであつて、車両停止までの現実距離はこれにさらに空走距離を必要とするとの経験則を参考にするとき、本件現場に駒止ブロツクが放置されるに至つて後、多くの車両がこれと衝突等の危険を回避しつつ通過し終つたあと被害車が現場に至り本件事故が発生したものとみるのは不合理なものというほかないところとなり、結局、右のような不合理な事象の生じうる可能性を最大限に許したとしても、当時の交通量と認定できる一時間当り七六・七三台、即ち〇・七八二〇分あるいは四六・七二秒当り一台という数値より判断して、先行事故と本件事故の間には一〇分以上の時間的間隔はないものと判断せざるをえないのである。よつて先行事故は本件事故の一〇分前以降の時刻に発生したものと認められる。

(3)  そこで、右認定事実にそつて、被告に賠償責任が存するや否やを検討していくことにする。

(イ)  本件事故現場が被告の管理する有料高速道路内にあることは、既にみたとおり当事者間に争いない。ところで、右のような有料高速道路を通行する者が、本件のようにその通行に際して蒙つた損害を、右道路管理者に賠償請求せんとする場合、これを規律するのは、国家賠償法、主としてその第二条と解される。即ち、被告は、全国的な自動車交通網の枢要部分を構成し、政治・経済・文化上の重要地域を連絡する道路で、自動車の高速交通の用に供すものについて、これを整備し、円滑な交通に寄与することをその活動の根幹としており、その活動の適正・不適正は一国の経済活動あるいは政治・文化活動にも大きな影響を及ぼすものとなつており、かゝる故にその役員たりうる者は政治的・経済的に不偏不党の立場にある者でなくてはならないものとされ、営利事業と関連することを許されず、また被告の業務も限定され、建設大臣の監督下におかれて業務方法にもその認可を要し、業務上の余裕金を資産保全をこえる営利追求のため用いることも許されず、資金を求める際には建設大臣の認可を受けて借入又は道路債券を発行するが、これについて政府の貸付あるいは引受をうけることが許されるなど、その活動が営利を追求するために、公益を害することのないよう組織運営されている(日本道路公団法)うえ、道路通行に当り徴収する料金も利潤を生むことを念頭においておらず、しかも右徴収も期限を定めてこれを行なうものと定められており、道路存続の間徴収し続けるものとは考えられていない(高速自動車国道等の料金および料金の徴収期間等に関する省令)のであるから、適正な利潤を生む使用料金を当然とする道路運送法に定める自動車道事業とは、その法律関係を異にするものというべきであり、道路公団の管理する道路を通行するに当つて支払う料金は、通行の対価とみるよりは、受益者の負担する賦課金的な性格を有するものとみるべきであり、右道路は、公の政治経済活動を円滑ならしめるための公共団体である被告が管理に当る公の営造物とみるべきことになつて、料金を支払つて通行する者と被告との間における損害賠償請求権の存否は、まず国家賠償法によつて判断すべきものと解されるからである。

(ロ)  そこで被告の本件事故現場における道路の管理に瑕疵があつたものとみるかを検討してみる。

本件におけるごとく、第三者の手によつて道路上に障害物が散乱放置された場合、これを瞬時に除去することを求めることは、現今の技術をもつてしては至難のことといわざるをえない。そこで、かかる事態の発生に対し、被告として積極的に行なうべきところは道路の巡回であるが、これを行なわなかつた場合は論外として、行なつた場合にも、いわゆる高速道路において本来なさるべき頻度においてなされていなければ管理に瑕疵があるものといわなければならないところであり、そして、この判断に当り、過失あるいは帰責事由の存在が要件となつていない以上、被告側の人員数・資金・採算面などを要因とするのは当をえたものでなく、結局は、本件道路における異状事態の発生頻度よりして、もし通行者側において被告の当該場所においてなされている巡回度数を知つたとき、通例の注意義務を払う平均的運転手ならば、左様な程度の巡回ならば、異状事態の発生状況よりして、道路上障害物の存することなど異状事態の放置を常に念頭におきつつ運転しなければならないと思うに至るものか否かを基準として考えるべきものと解されるのである。

しかるところ、既に認定のとおり、事故発生頻度はいわゆる名神高速道路においては、一日当りで約九・六件、障害物による事故は一日当り約〇・〇一四件という数値となり、他方巡回数はかゝる異状事態除去に当然結びつくものだけで、一日当り少なくとも一三回なされることになつており、本件事故当事現実には平均すると一八・五回であつたのであるから、高速道路を運転する者として、通例かかる異状事態を常時念頭に置きつつ運転しなければならぬものとはいえず、本件事故現場における巡回状況は本来なさるべきところより低水準のものであつたとすることはできず、管理に瑕疵はなかつたものといわなければならない。なお加うるに、本件事故と先行事故との間の時間的間隔は前認定のとおり一〇分以上を置けないのであるから、被告にとつてこの障害物排除は不可能を求められるに等しいものといわなければならず、一〇分以下の間隔でもつて巡回することを求めることは、前掲事故頻度よりみて到底できないのであるから、仮りに前掲巡回状況をもつて不充分なものとしても、その瑕疵を補つたとしても結局本件事故は防ぎえなかつたことになるのであるから、これをもつて被告に損害賠償責任ありとすることはできないわけである。

(ハ)  次に、原告は、本件道路に駒止ブロツクが散乱されていたことをもつて道路設置に瑕疵があつた故生じたものである旨主張するのであるが、しかし、右のような第三者によつて、道路造成後、後発的に現出された状態をもつて設置の瑕疵とすることはできないのであるから、この点の主張は理由がない。

(ニ)  更にまた、原告は被告には民法第七一七条による損害賠償責任が存する旨も主張するのであるが、本件事故現場は公の営造物とみるべきであるうえ、その設置・保存に瑕疵のないことは、既に検討したところより明らかであるから、この主張も理由がない。

(三)  以上のとおりであつて、原告は右のほか、被告に損害賠償責任が存する旨の事由を主張立証しないし、本件全資料を検討してもかゝる金銭支払事由は窺われない。そうすると、爾余の点について検討する迄もなく、原告の本訴請求はいずれも理由なく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷川克)

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